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日記だよ

論のスコープの話

狭いスコープでの合理性による判断を繰り返していくのはまずい、として、スコープを広げると構成要素がどんどん増えて複雑になって合理を探すのが困難になる、事実上読み切ることができないわけで、そこに自他の経験、既存の研究などを参考にフレームを導入して問題の単純化を試みることになる。それでも複雑度は高い。

 

広いスコープの話は複雑なので仮説が入る。仮説に仮説を重ねる必要がある。だからほっとくとどんどん曖昧で自信なさげになっていく。するとシンプルでわかりやすい、狭いスコープの合理に勝てない。今ここでこれをやるとこんなメリットがあります。副作用は特にありません。シンプル!ピタゴラスイッチみたいに入り組んだ作戦の一部の仕事を取り上げて比較するのは難しい。

 

それでは困ることがあるので、実績やハッタリを組み合わせて説得力勝負を始める。説得力勝負を積み重ねると、意見の内容ではなく誰が言ってるかで決まっているように見えるようになる。話を通すのが上手い人と下手な人がいる、ということになる。それはそれでよくない。

 

対策としては何が考えられるのか。「お前その話スコープ小さいから少し広げると破綻するじゃん」とロジックの強度や射程を話題に上げるしかないのか。つまり説得力勝負で良い方を選ぶのではなく拙いロジックを否定するのだ。そうすると今度は粗探しばかりだと言われることがある。

 

どちらを取るか、といえば、各人の努力がストレートに評価されている方がいいので、粗探しと言われても各論の強度や射程が十分かどうかを論点にする方が良い、と思う。

 

そんなわけで最近は「失敗するパターンってどういうケースが考えられますか。それに対してはどう対策やリカバリを考えていますか」を論点に最初からするよと宣言している。

 

まあ、これはこれで、姿勢が少し分かりづらいかもしれないとは思いつつ。