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日記だよ

百科事典について

子供の頃、お金持ちの家のイメージは百科事典で、それはそれは憧れでした。

立派な仕事についている大人(教師や政治家、医者)は、仕事で調べ物が必要になると百科事典を調べて、たちどころになんでも答えが得られるのだろうなあ、と思っていたし、週末は百科事典読み耽って最高に楽しいのだろうと思っていた。昭和の頃に生み出された幻想らしいと後年になって知りはしたけど、まあそんなことはいいんですよ。子供の夢です。百科事典。

いまでも何もない壁を見ると「ここに本棚を作って百科事典を並べたらどんなにいいだろう」と思うことがある。情報がぎっしり詰まった物理書籍にしか持ち得ない重量感が壁一面からゴゴゴと迫ってくるのを想像すると、それだけでゾクゾクする。百科事典というのは単に本の情報量だけでなく、注ぎ込まれた情報の整理についての情熱の量が全体に満ち溢れているんです(情報と情熱の語の距離の近いことがまず楽しいですね)。こんなにすごい量なのに、載せきれずに捨てられた枝葉末節はこの何倍あるんだ...? みたいな慄きというか。そういう圧力がある。

しかし、紙の本をぱらぱらとめくってあちこち拾い読みして気がつくと一日経っている、というような時間の過ごし方をここ10年で何回やったか、と考えると...。