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日記だよ

映画「ミラノの奇蹟」

見てない。

断片的に眺めていたがあんまり話がわからなかった。「自転車泥棒」のチェーザレさんの脚本らしいが通じるものがあったかどうかはなんともいえない。

 

ミラノの郊外を舞台にしている?のか。荒地にバラックを立ててなんとか生き延びようとする貧乏人を裕福な土地持ちが追い立てるシーンの後しばらく目を離していたら地面から石油が出たり変な棒を登ったら不思議ななんでも願いが叶う世界に出たりしていた。わからん。俺には何もわからんぞ。酷い生活してると思うんだけど、おじさんたちはなんとなくいい服着ている気がする。

 

アマプラのあらすじはこういう内容。

 

>  キャベツ畑に捨てられながらも、老女に育てられた底抜けに明るい青年が、亡き老女の霊に助けられながら地域の住民たちを救い、最後はほうきにまたがって理想の空に飛び立つという幻想的な物語。カンヌ映画祭グランプリ、ニューヨーク批評家協会賞で受賞した名作。

 

「あらすじを読んで意味がわからなくて三回読み直した。映画を見終わって、確かにこのあらすじ通りではあるんだけど、何もわからん」というのは妻の弁である。

 

 

目的と手段

重要な達成地点の変更を行う意思決定と、目的のための過程における妥当さを目指した意思決定があって、戦略と戦術だよとか嘯いたりもするけども、前者と後者ではロジックや腰の重さが違うから、これらを同列に扱うと話がややこしくなる。が、前者が変更されると自動的に色々なものが、必然的に変わるのだけど、後者を変更する場合は通常前者への影響はしないものとして考える。

こういうのは戦略とは、とか、作戦とは、みたいな原則があるものではなく、相対論だと思う。

目的と手段の関係性に似ている。あるものを目的として設定すること自体が意思によって成される最上位レベルの決定であり、それを目的として設定する限りにおいてそれ以下のレベルの思考はなされるのだけど、別に最初に目的として設定されたことには絶対的必然性はないことが多いと思う。そこにその目的を設定すること自体もまた、別の何かのための手段なのだけど、そういった構造を俯瞰して考える視点は重要として、まあしかしある目的をとらえたときにそのための手段によって目的が影響を受けてしまうのはいけてないのは間違いない。目的が影響を受けて良いとしたら、その目的が手段であるところの、より大きな目的のためであろう。

的なことを。

続き部屋に配置したCINEMA40とNR1711でリモコンの信号が混線する問題

もともとホームシアター環境の中心においていたMarantz NR1711を、先日Marantz CINEMA40にアップグレードしたんだけど、余ったNR1711はそのまま隣の部屋のテレビに繋ぐことにした。

のだけど、隣の部屋でアンプのセットアップをしようとリモコン操作をするとリビングのCINEMA40が反応してしまう。これは大変不便なのでなんとかならんかな。

マニュアルを眺めていてもそれらしい記載がない。

インターネットを眺めていると、

こんな会話を別々に見かけて、

NR1711もCINEMA40もリモコンのコード変更がサポートされてないの。マジで? ってなってる。 

吸音パネルの自作を開始した

杉の角棒とコンパネ材を用いている。コンパネ材は180x90のサイズのやつをホームセンターで買うときに4等分して、45 x 90にしてもらった。それに足をくっつけて立て看板風にしている。

フロントスピーカーの背面の壁が硬い塗り壁でいかにも反響があるので、いっそ吸音材を配置してしまったらどうか、という発想である。薄いコルクのシートをテープで貼り付けてみたら割とよかったので、10mmのコルク板を注文してみた。週内に届くらしい。わくわく。

コルクって「コルクガシ」って樫の木の樹皮なんですよ知ってました?

コルクガシ - Wikipedia

樹高は18mに、直径は1.5mに達し、幹の外側に厚いコルク層を形成する。樹齢20年に達したコルクガシのコルク層を剥ぎ取っても生育は阻害されず、再び厚いコルク層が再生される。樹齢約25年になったコルクガシから初めてコルク層が剥ぎ取られる。この時初めて剥ぎ取られたコルク層を“バージンコルク”と呼ぶ。2度目の収穫はその9年から12年後であり、その後150年から250年ほどに渡ってコルク層を収穫することができる。1本のコルクガシからは、その生涯に約12回の収穫が行われる。

壮大な感じがある。

しかし部屋の反響とかまで気にし出すとこれは泥沼なのでは...。という気がちょっとだけしている。

映画「終身犯」

みた。面白かった!

終身刑を宣告された囚人でありながら、獄中で鳥類の研究を続け、鳥類学の権威となったロバート・フランクリン・ストラウドの実話の映画化。

wikipediaよりですが、実話ベースの話...ってハードすぎて大迫力である。ストラウドさん、冒頭のやけっぱちさから鋭い知性というよりは頑迷さが押し出されているんだけど、とにかく足腰がしっかりした人物で、なるほどこのような人生を送ることになったのだなあとラストから振り返って納得してしまう、というそういう映画になっている。

たまにこういう、獄中でなんらかの権威に到達した実際の話があってすごいですよね。

オックスフォード英語辞典の編纂に多大な貢献をした獄中の天才マイナーさんを描いた「博士と狂人」なども生き方に凄みがありすぎた。

自分は初見だったんですが、妻が「昔カラー映画で見た覚えがあったんだけど、気のせいだった」と言っていたのが面白かった。古い記憶にはそういうのありますよね。実際にはいシーンを記憶していたり。子供の頃と吹き替え声優や字幕が違っているなんてことは実際にあるし。

超節水トイレ・アメージュZの受難

いや受難は俺で、

なんかトイレの水の流れが悪い...と思っていた。水を流すと便器が溢れるスレスレくらいまで水が溜まった後、じわじわーーーーーーーっと水位が下がっていく。怖い。トイレットペーパーもなかなかフワフワと漂っていて流れない。

とはいえ、流れはするので詰まってるってわけでもないと思うんだけどなあ、と放置してたんだけど、

調べてみると、これは典型的な排水管詰まりの初期症状らしい。

つまり放置すると死。

ラバーカップ、すっぽんをホームセンターで気軽に買ってきたんだけど、水が溜まるとこの角度というか構造が絶妙にカップのお椀型とあってなくてどうやっても隙間が出来てしまい、軽快にすっぽんすっぽんとやることができない(つまり効果がない)。万策つきたか、と思ったけど、シリコン性のトイレパイプブラシみたいなやつを買って頑張ってガポガポやってたら流れるようになった。これは大変助かったのである。

買ったのはこれ => https://amzn.to/49937fy

何十回も繰り返しガポガポやっていてなんとかうまくいったけど、排水管って全く見えないし、経路のどこでどうなっているのかもわからないので途方にくれそうであった。「水をある程度貼ってやると良い(水が少ないと気泡と一緒に汚水が跳ねる)」とか「ゆっくり押し込んで勢いよく引っ張るのがコツ(押し込むのではなく引き出す)」とか重要な情報が断片的にインターネットにあって助かったような気もするし、やり方が正しくてよかったのか根気と粘り強さによってなんとかなったのかイマイチわからないのが問題で、次回も同じようにやって良いのか、いやいや実は今回の自発的作業で排水管に大きな負担がかかったため同じことをやったら破滅するのか、などが全く読めない。怖いな、と思いながら、今回の成功体験があるために次に水が流れにくくなったら半信半疑ながらも30分くらいガポガポやると思う。

インターネットには「節水トイレは詰まりやすい」「詰まりやすいので必ず二回流してます」という話題がいっぱいあって、節水とは...? と難しい気持ちになっていた。

ホームセンターでトイレのリフォームコーナーを眺めると節水トイレに補助金が出てお得なのでぜひ節水トイレを買いましょうというメッセージが並んでいた。